悲しみや不安がお金になる世界で、どう生きる?

FPの豆知識

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「人の不幸は蜜の味」――そんな言葉を聞くと、胸の奥が少し痛みます。
けれど現実を見渡すと、悲しみや不安、絶望のそばにはいつも「お金の流れ」があります。

ファイナンシャルプランナーとして、そして一人の人間として、私はこの現実について何度も考えてしまいます。
どうして人の心の痛みが、こんなにもお金と結びついてしまうんだろう…

悲しみが“お金”に変わるとき

葬儀とお金の関係

葬儀社に勤める親族の仕事やSNS、新聞雑誌などを見ていると、複雑な気持ちになります。
葬儀は人生の最期を送り出す、とても尊い仕事です。
一方で、葬儀費用の高さや「不透明さ」が話題になることもあります。

けれど、すべての葬儀社がそうではありません。
限られた予算の中で遺族に寄り添い、最善を尽くそうとする担当者もたくさんいます。

最期のことを考えるのは怖いけれど

「最期のこと」を考えるのは、多くの人にとって怖くて避けたくなる話題です。「縁起が悪い」「まだ考えたくない」と感じるのも、自然な気持ちだと思います。私自身も、以前は同じように思っていました。

けれど、誰にでもいつかは訪れる現実だからこそ、無理に考えなくても、少しだけ知っておくことは大切です。事前に知っておくことで、いざというときに慌てず、落ち着いて判断できる力が生まれます。それは、自分や大切な人を守るための優しさでもあります。

最期のことを考えることは、不吉なことではなく、むしろ「生きる時間を大切にするための準備」と捉えることができます。少しずつ、できる範囲で知ることが、心の安心につながるのです。

葬儀の現実を知ること

葬儀社に勤める親族の話を出しましたが、これは決して「親族だから擁護している」という意味ではありません。
悲しみの現場に誠実に向き合う人が確かにいることを伝えたいと知っているからです。

もちろん、すべての葬儀社がそうではなく、1社1社サービスや対応に差があるのも事実です。
大切なのは、現実の多面性を知り、支払う側として選ぶ力を持つことです。

選ぶ力を持つということ

問題は「お金を払うこと」ではなく、「どこに価値を感じて支払うか」です。
人は悲しみや不安の中にいるとき、冷静な判断が難しくなります。
だからこそ、事前に知識と準備を持つことが大切です。

葬儀費用の仕組みや見積もりの見方を理解しておくことは、自分や家族を守る力になります。
「知っておく」という行為そのものが、心の支えになるのです。

不安を和らげる“見えないサービス”

占い・宗教・セラピーの役割

占いや宗教、カラーセラピー、スピリチュアルカウンセリング…
これらは、心の支えとして多くの人が救いを求める場所です。

私自身も、悩んでいたときに占いやセラピーの言葉に励まされたことがあります。
だから、否定するつもりはありません。
むしろ「希望を与える存在」としての価値を感じています。
わたし自身、カラーセラピストについて学んだのですから。

ただ、心の弱さが「依存」や「搾取」に変わる瞬間があることも忘れてはいけません。

支えと依存の境界線

「あなたは不幸になる」「この商品を買えば救われる」
そんな言葉には少し距離を置くことが大切です。

救いを装った“弱者ビジネス”は、心のスキを突いてきます。
信じること自体は悪いことではありません。
ただし、「信じる力を利用されない」ために、冷静な視点を持つことが必要です。

法律も、救いのひとつ。でも…

自己破産という選択

債務整理や自己破産は、経済的に追い詰められた人にとって最後の支えです。
私自身も、司法書士や弁護士から「自己破産しかない」と言われたとき、
まるで生きる意味を失ったような気持ちになりました。
依頼者がそこに行きつくまでの気持ちやプロセスなどは何にも関係ないのです。
ただ、現実にある「数字」のみで、頭の中のそろばんが数字をはじき出します。(私個人が感じたことです。すべての法律家の方々ではありません。)

それでも、制度としてはとても重要です。
破産手続き自体が悪いわけではなく、依頼者の心に寄り添えるかどうかは、専門家の姿勢に大きく左右されます。

知識を持つことが、自分を守ること

「知らない」ことは損を生みます。
相談料や手続き費用の相場、法テラスの無料相談など、正しい情報を知ることは苦しみを軽くします。

お金の問題を“恥ずかしいこと”として隠すよりも、知識を味方につけて現実と向き合う方が、結果的には自分を救う近道になります。

生きづらさを抱えたままでも、生きていい

経済的弱者として生きる現実

貧困、孤立、病気、借金――
経済的に苦しい人ほど、「生きるため」にお金がかかる矛盾を抱えています。

支援を受けようとしても、そこに費用が発生することもあります。
それでも、生きるためには少しずつでも動くしかありません。
「小さな一歩」こそが、明日につながる行動になります。

それでも、知ることは希望になる

知識を持つことは、生きる力になります。
葬儀、占い、宗教、法律――どれも「悪」ではなく、使い方次第で「救い」に変わります。

悲しみや不安に飲み込まれそうなときこそ、「お金の流れ」を知ることが、自分を取り戻す第一歩です。
情報は冷たく見えるかもしれませんが、知ることで心は少しずつ自由になります。

最後に

この文章は、宗教や占い、セラピー、葬儀を批判するためのものではありません。
どれも、人の心に寄り添うために生まれた大切な存在だと思っています。
私自身も、そうした優しさに救われてきました。

葬儀・占い・宗教・法律、それぞれに光と影があります。
支えとなる人や制度がいる一方で、依存や不正につながるリスクも存在します。
だからこそ、知識と距離感を持ちながら、自分にとって本当に価値のある選択をすることが大切です。

今日も、生きているだけでいいです。
それでも、生きているからこそ、知ってほしい――

悲しみや不安がお金になる世界でも、私たちは“人として”生きていけます。